※キリク18歳、テオドール19歳の学生設定。
あまり時代考証してないので実際の明治大正・書生等とは全く違います。ノリで読んで下さい。
「テオドールさん」
大学の正門前。視線の先にいる小柄な人物に声をかける。
一瞬肩がびくりと跳ね、恐る恐るといった風にこちらを振り向いた。
色白の肌にハの字に下がった眉。眼鏡の奥の蜜柑色の瞳は怯えを含んでいる。
名前を呼んだだけであって、決して怯えさせるようなことはしていない筈だが、この人はいつもこうなのだ。
「は…はい…」
「これ、この間貸して貰った本なんですけど…」
目の前にかざすと、はっとしたように僅かに目を見開き、おずおずと本を受け取る。
「わ、わざわざ…どうもありがとうございます…。ぃ、如何でしたか…?」
「あー…正直、難しくてよくわからなかったです…」
はは、と乾いた笑いを零す。
それに対してテオドールは「これでも易しいのを選んだつもりなのですが…」と呟いた。
テオドールに悪気がないのはわかっているが、頭の出来の違いを見せ付けられたようで、少し気が重い。
自分より小柄で年若く見えるが、1つ上の先輩であるテオドールに勉強の参考書を借りてみたものの、半分程度で諦めた。
一応最後まで読んだが、理解出来ているかといえば否だ。
これをテオドールならばさらりと理解してしまうのだろうと思うと、目の前の先輩を羨んでしまう。
頭脳だけではない。今テオドールが着ている青緑の綺麗な着物。綺麗なブーツ。
上から下まで使い古した衣服ばかりの自分の姿を見て、やはり違うのだと思い知らされる。
テオドールが下宿している先は、話を聞くと軍将校の家らしい。
両親が既にないテオドールを幼い頃から面倒見てくれているらしく、下宿先の主人というよりも親代わりに近いという。
普段何かしら不安そうな表情が多いテオドールが、その人の話をする時だけはうっすらと微笑んでいるのを見たことがある。
頭脳にも周りの環境にも恵まれ羨ましい限りだが、生来の性格のせいか彼のイメージといえば、
いつも静かに教室や図書室の隅に座っているというものだ。
どんなに暑い夏でも寒い冬でも、年中手袋をしている変わり者であるというイメージもあるが。
テオドールと別れ、向かう先は自宅。
キリクは誰かの家に下宿することはせず、町の中心から少し外れたあばら家に一人暮らしをしている。
その気になって探せば下宿させてくれる家を見つけることも出来ただろうが、そうしなかった。
年中包帯で顔の右半分を覆っているような、テオドールに勝る変わり者扱いされる自分では、家人からの不審の目を簡単に想像出来たからだ。
その先にある拒絶も。
なので、運よく見つけられたこの家にお世話になりつつ、夜に内職をして学費を稼ぎながら大学へ通う生活だ。
古いといっても住めない程ではないし家賃も安いので、雨風さえ凌げればいいという判断基準のキリクからしたら十分な物件である。
家事も一通りは出来るので、今のところ金銭面以外で特に困ったこともない。かつかつの生活であることは変わりないのだが。
ちらりと袖を見る。何度もほつれを繕って着続けている着物。
お蔭で裁縫が得意になってしまいそうだと思った。
下宿先を見つければ今よりもう少しマシな生活も出来るのだろうが、何故かそうしようと思わない。
金持ちの家に下宿している級友からは、からかわれたり大変だなと労われたりする。
確かに大変ではあるが、下宿先に帰っては主人に頭を下げる必要もない分こちらの方が気楽だ。
古い住まいも粗末な食事も着古した着物も慣れている。突然いい家に住まわせてもらってもそちらの方が戸惑ってしまうだろう。
羨ましいと思わないでもない。かといって自分がそうなりたいとは思わない。
そうなった自分がとてもじゃないが想像出来ないからであるが。
今はただ学べる機会を得られただけでいい。
手に持った教科書を抱え直し、早く帰って仕事をするべく、町の外れまで走り出した。
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あとがき
ありとあらゆる矛盾や相違点はあえて追求すまい。
すべては「和服萌え」「書生スタイル萌え」の結果です。
内職程度で稼げる学費とは思えませんが、そこは二次元の不思議でお願いします。頑張ってるんだよ。
まともに時代考証して書こうと思ったら途中で挫折しそうだったんです。
ヘリウムガスが如くかるーいノリでさらりと流すように読んで下さい。
あえて一つ言うとすれば、年齢の変更は必要あったのかということ(←
こんなんですが、最後まで読んで頂きありがとうございました。
10.3.4
10.10.5(加筆修正)