3月1日。新しい月の始まり。
と言いつつもバンエルティア号にはいつもと何ら変わらない朝が訪れていた。
「ロゼ、お前今日誕生日なんだってな」
と思っていたが、どうやら少し違ったようだ。
朝食も食べ終わり、依頼を貰いに機関室へ行こうと通路を歩いていたロゼに、後ろから声がかかる。
振り返れば、深い紫色の髪に、黒い眼帯で顔の右半分を覆った男。
ロゼよりほんの少し高い背が、どこか楽しそうな様子で近付いて来る。
「…どこから出てきた。そんな情報」
「昨日アイビーがそわそわしてたから、どうしたのか聞いたんだよ。そしたら今日お前の誕生日だって言うから」
確かに今日はロゼの誕生日であり、彼はめでたく20歳を迎えた。
しかしロゼにとって誕生日など平日と変わらず、年齢を一つ足すだけの行事でしかない。
それをわざわざ祝ってくれるとでもいうのだろうか。正直、ありがた迷惑でもある。
「折角二十歳になったんだし、何か欲しいもんないか?」
「プレゼントでもくれるのか」
「ああ。高いもんはあげられないけど」
本当は酒でもやろうかと思ったけど、ロゼは前から飲んでいるのであまり面白みがない。と付け足す。
確かに酒を酌み交わしたところでいつもと変わらないし、ロゼの方が段違いに強いので早々に負けてしまうだろう。
「金がないなら体で払ってくれてもいいぞ」
「何だよ、依頼の肩代わりでもしろって?」
「…純粋なのか思慮が足りないのか」
はあ、とわざとらしくため息をつくロゼにむっと眉根を寄せる。
こちらとしては真面目に答えたつもりなのに、そんな風に言われては腹も立つ。
「今夜俺の部屋に来い。と言えば貴方でもわかるか?」
「……?…………っ!!?」
ようやくロゼの言う意味がわかったらしく、ぼっと瞬時に顔が赤く染まる。
「ば、ばか!誕生日プレゼントなんだから、もっと健全なものねだったらどうだ!」
怒ってまくし立てるが、赤い顔で言われても面白いだけだ。
ロゼにとってはこの反応が見れただけでも儲けたものだが、折角プレゼントをくれるというのだ。
たまには厚意を受け取ってもいいだろう。
「…そうだな。それなら、香水が欲しい」
数秒考えたのち吐き出されたロゼの言葉に、ぽかんとした表情を浮かべる。
キリクが考えていたのとは随分違う注文が出てきた。
彼がそんなものを欲しがるとは思ってもみなかったのだ。
男性用スキンケア用品とか、やっぱり酒でいいとか、最悪いらないとでも言うかと思っていたのに。
「お前、香水つけてたっけ?」
「いや。だがいいだろう?今欲しいと思った」
「ああ、いいけど…」
香水くらいならキリクでも買える。高いワインなどを要求されるよりはいいだろう。
「香りは貴方の好みでいい。価格も安物でいい。とりあえず買ってきてくれ」
「え?いや、普通香水って自分の好みで選ぶもんじゃ…」
自分も常用しておいてなんだが、キリクは香水の知識自体はそう多くない。
ロゼの方がきっと色々知っているだろう。だのに彼は無頓着そうにそう言う。
これでは本当に欲しいのだろうかと疑ってしまいそうになる。
「安物でいい」というのは、有難い話だが。
「いいんだ。貴方が選んで買ってきたのなら、それでいい」
「………?まあ、お前がいいって言うならいいけど…。じゃあ、後で買いに行くよ」
「ああ」
一言だけ添えると、踵を返して当初の予定通り機関室へ向かう。
後ろのキリクは、きっとまだ納得していない顔をしているだろう。
ロゼだって自分が常識的でない注文をしたのはわかっている。しかし、それでいいのだ。
正直香水がさほど欲しい訳ではないし、常用する程興味もない。
だが、彼が自分の為に選んだ香りを身につけてみるのも、たまにはいいかと思ったのだ。
キリクが普段つけている香水の香りは嫌いではない。
だから自分が嫌うような香りを選んでくることもないだろうと期待している。
「…ふ」
生真面目な彼のことだ。きっと選ぶのに散々悩むだろう。
その姿を想像して口元がつり上がるのを、服の袖でさっと覆った。
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あとがき
ロゼ誕生日小話。ふと思いついたまま書いてみました。
なんか今日はロゼが甘い気がします。
これはロゼキリなのかロゼ→キリなのか…?
たまにはロゼ→キリでも面白そうということでロゼ→キリにしておきます。
両想いでなくともあれくらいの冗談はロゼなら言う気がした。>部屋に来い
しかしそうなると、今までは冗談ぽいそぶりばかりだったのが、初めて好意を持ったロゼになったかも。
それと最近忘れてたけど、ロゼは別に笑わない訳ではなかった。
ただそれが極端に少ない上、袖で隠すのでわからないだけなんだ。
あと「香水は自分の好みで選んで…」とか書いてますが、美織は以前誕生日プレゼントでその人が選んだ香水を貰ったことがあります(←
とりあえずロゼ、誕生日おめでとう。
それでは、ここまで読んで下さってありがとうございました。
10.3.1
10.10.5(加筆修正)
以下おまけ。
「ロゼ。はい!誕生日おめでとう!」
アイビーがニコニコと差し出してきたのは、掌より少し大きいくらいの小箱。
受け取って包装を剥がし蓋を開けると、そこには綺麗な輪。
細かな薔薇の装飾がなされた銀板が連なった細めのブレスレットだ。
「こないだグランマニエの店で見つけてさ、綺麗だったから」
「そうか。…だが一つ言っておくが、これは明らかに女性用だ」
ネックレスのようにチェーンのどこで留めるかで長さ調節が出来るタイプなので、
一番長くすれば男の手首でも着けられるだろう。
だが、だからといって使用するかといえば別問題だ。
「店のお姉さんは『プレゼントです』って言ったらにこにこしながら包んでくれたよ」
それはそうだろう。誰が男へのプレゼントだと思うだろうか。
「大丈夫だって!ロゼなら似合うよ!」
とりあえず、その足りない脳に向けて拳を一発放ってやった。
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きっと戸棚入り。