「ごめんなさい。ぼく途中で…」

「構わないさ。疲れてたんだろう。さあ、もう少し眠りな。子守唄でも歌ってやろう」










相関図的一日










「ジョニィィィィ!!!」

ギルドの奥。メンバーが雑務をこなしたり、簡単に休憩する部屋。そのドアが乱暴に開かれる。
片手には人の手を引っ張って。もう片手には細身のサーベルを持って。
普段のリオンではあり得ない行動。
椅子に座りギターをいじっていたジョニーは、怒鳴り込んできたリオンの剣幕に流石に目を瞠る。
書類に目を通していたウッドロウも同じだ。
今までこんなリオンは見たことがなかった。フィリアが今は出かけていて良かったと思った。

「リオン君。ひとまずシャルティエをしまうんだ。話はそれでも出来るね?」
「……………」
ウッドロウに言われ、仕方なく、という空気を纏いながらもシャルティエを鞘にしまう。
「何だい?お前さんが俺に用があるなんて珍しいな」
相手が武器を収めたこともあってかすぐに落ち着いて笑顔を張り直し、問いかける。しかしリオンの表情は和らがず、きつくジョニーを睨み据える。
その後ろで、ロードが不安げに二人を交互に見る。

「とぼけるな。お前こいつに何をした」
「何って、何のことだい?」
あくまで笑顔を崩さずシラを切るジョニーに苛立つ。
今ほどこの笑顔が憎たらしいと思ったことはない気がする。
「ロードが寝ている間にしたことだ!この痕は何だ!」
怒鳴りながらロードを前に引っ張り出し、首の痕を晒す。本人はもう抵抗も何もしない。
白い首筋に点と付いている赤。
それを見て目を見開いたのは、見せ付けられた本人ではなく、その隣にいたリーダー。
本人は、相変わらず笑顔のポーカーフェイスを崩さない。
ああ、もう苛々する。

「あー、もうばれちまったか」
「やっぱりっ…!」
「ジョニーさん?」
悪いな。とロードの頭を撫でて、リオンに向き直る。
すぐさま頭を撫でるその手を払うのを忘れない。
「確かにこれを付けたのは俺だが…それをどうしてお前さんが怒るんだい?」
「っ…それは…」
言い淀む。理由なんて、話せる筈が無い。本人にこの気持ちを伝えたことだってないのだから。
仮に今ここにロードがいなければ、言うことも出来ただろうか。
しかしそんな仮定をいくらシミュレーションしても、現実には隣にいるのだ。自分が引っ張って無理やり連れてきた。

リオンが言葉に詰まると、ジョニーがリオンからロードを奪う。
さりげなく、ロードに抵抗する気を起こさせないように。
「まあ怒る気持ちもわからないでもないがね。だが、こいつは別にお前さんのものじゃないだろう?」
言いながら、ロードの腰に手を回して引き寄せる。その明らかな挑発に、わかっていても頭にくる。
一度しまったシャルティエに向かおうとする手を必死に押し留める。こんなのでもアドリビトムのメンバーなのだから。
「…だとしても、寝ている相手に対してこういった行為に及ぶのはどうかと思うがな」
今すぐその手から引き剥がしたいのを理性で堪え、睨み据えながら言及する。
「まあそう怒りなさんな。大丈夫だよ口にはしてない」
「そういう問題じゃない!」

「取り込んでいるところ申し訳ないが…」
いい加減に柄に手をかけたところで、突然聞こえた第三者の声。
振り向くと、流れる銀髪。
「ウッドロウさん…」
熱くなってしまい今まで完全に無視して言い合っていたが、全てをウッドロウに見られていた。
修羅場とも言える状況を他人に見られていた事実と、気付かない程に周りが見えていなかった自分に腹が立って仕方ない。

「先程から二人で言い争っているが、ロード君の気持ちは…どうなのかな?」
「ぁ……」
まるでロードを無視して争う二人に、ウッドロウが静かに告げる。
それに、はっとしたように顔を見合わせる。
本人がここにいるのに、実際には見ていなかった。そんな自分が嫌になる。

「そうだな。どうだロード、俺とリオンどっちが好きだ?」
「え…?どっちも好きですよ」
「そういう意味じゃない。一般的な好きではなく、その…」
迫りながらも言い淀む。これでもやはり言うのは恥ずかしいらしい。
うーんと唸る。そんなの考えたこともなかった。
二人とも好きだ。どちらと言われて選べるものではない。
「どっちも…同じくらい好き、だよ…」
「ロード!」
「やめなリオン」
目を伏せ迷っているロードに詰め寄るリオンの肩をジョニーが掴み止める。
きっと睨まれるが、それを笑顔で制し、今度はロードの肩に手を置く。
「それじゃあロード、今は同じでもいいさ。だが…いずれ変わるかもしれないことも考えておいてくれ。な?」
「………?はい…」
意味はわかっていないようだが、とりあえず頷く。
それに優しく微笑み、再びリオンの方に向き直る。
「という訳だリオン。今は勘弁してやりな」
「……………」
まだ納得しきれていない様子で俯くが、ちらりとロードを見、仕方ない、といった風に頷いた。

「それに、だ。これをどうやって落とすかが腕の見せ所じゃないか?」
「…腕?」
「ああ」
まるでゲームでもするかのように言うジョニーに眉根を寄せる。やはりこの男には渡せない。
だが反論する言葉も見つからず、今は黙り込む。

「これでいいかいウッドロウ」
「…はあ…」
曖昧な返事を返す。いいかと問われても正直返答に困るのが本音だ。
ロードの気持ちはリオンにもジョニーにも向いてはいない。知識が無いので向きようがない。
結局明確な答えは得られなかった。

「…広場に戻るぞ」
「……?うん」
来た時と同じように、ロードの方は半分引きずられるようにして二人はギルドを後にした。





「…ジョニーさん」
二人が去った後のギルド。嵐が過ぎ去った後のように、静寂が訪れる。
それを破ったのは、ウッドロウの静かな声。
いつもよりも少し低く、良い感情を持って発せられたものではないことが容易にわかった。
「何だいウッドロウ?」
振り返れば、見えた顔はいつも通りの端整な顔。
しかしその顔は些か歪められ、眉根を寄せた表情はいかにも不機嫌そうだ。
普段なかなか見られない表情に、得したと内心思いながら表には出さない。
もし出しようものなら、暫く話が出来る状況でなくなるだろうから。

「これはどういうことなのでしょう?」
「これ、ってのはどのことを指してんのかな?」
とぼけてみれば、ますます不機嫌さが増す。眉間の皺が深くなった。
そんな表情でも愛しいと思う自分はいい加減末期だろう。
「ロード君のことです。説明して頂けますか」
「ああ、もちろん」
にっこりと笑顔で答える。しかし彼の表情は和らぐことはなかった。

ひとまず向かい合って椅子に座り直し、話をする体勢を整える。
「どこから話せばいいか…。とりあえず誤解を招かない為にわかってもらいたいことから言うがいいかい?」
「…はい」
一方は笑顔で、一方は不機嫌さを含んだ真剣な面持ちで。奇妙な対話。
いじっていたギターを傷つけないように側に置き、一呼吸おいて口を開く。
「俺は別にロードに惚れてる訳じゃないぜ」
「……は?」
出てきた以外な言葉に軽く目を見開く。
「し、しかし…」
あのロードへの態度。あのリオンとのやり取り。何よりあの首の痕。
誰が見たって、あれは。
そう思っても、口にまで出せない。いや出したくない。
「んーそうだな。何て言えばいいか。まあ言ってしまえばリオンをからかってみただけなんだが…」
「…はあ…」
もはや何も言えない。口から出てくるのは言葉になりきらないものだけ。
からかった。からかっただけ。あのリオンを。

「あの二人見てたらいじらしいというかもどかしいというか…。リオンの態度も、本人は隠しているみたいだが他人から見たらバレバレだな。 だから発破をかけてやろうと思ったんだが、あの様子を見る限りじゃ進展はないだろうな」
「……………」
つまりはどうだ。頭の中で整理する。
リオンのロードに対する気持ちを知っていて、踏み出せないことも知っていて、発展させる為にわざとあんなことをした、と。
ならば彼は。
「ロード君への恋愛感情はないと…?」
「ははっ!いやいやそりゃねえぜ。考えてもみろよ。あれは見たとこ12,3歳程度だろ。倍も年が離れてる子供相手に欲情する程人間棄ててないさ」
「っ………!」
直接的な言葉に一瞬嫌悪感を持ったが、しかし考えてみればそうだ。
26になる彼にとって、ロードなど恋愛の対象にはなり得ないのだ。
そんな子供にあのようなことをするのにはやはり怒りを持ったが、だがそれよりも。
「そう、ですか…。安心しました」
そう、安心した。彼の心があの子供に向いたのではないことに。
子供に気を持つ性癖を持ってしまったのではなかったことだけでなく。
「お前さん、俺がロードみたいな子供好きになったとでも思ったのかい?」
「……いえ…」
目を逸らす。原因はジョニー自身にあるとはいえ、彼にとって大変不名誉な勘違いをしてしまったのだ。
後ろめたさからか、直接彼が見れない。

がたん、と椅子が鳴る。ジョニーが立ち上がったのがわかった。
ブーツの音が近づいてくる。
「まあ原因は俺自身だし、勘違いされること覚悟だったから怒っちゃいないさ」
ああ、よかった。安心させる為に言ってくれていることだとしても。
「ただな、ロードを好きなのは嘘じゃない」
「っ……!?」
思わず顔を上げてしまった。
目の前には、思いがけず近い彼の顔。
さらさらの金髪と、翡翠の瞳。見慣れたそれが、すごく近い。
その綺麗な指先で、顎を持ち上げられる。
合わせられる視線。
「ロードは『好き』だ。だが『愛してる』のはウッドロウ、お前さんだけだよ」
言葉を発する前に、塞がれる。
あまり高くない彼の体温。それでも、触れ合った場所が熱い。

「…は…」
「これで許してもらえるかい?」
相手の望む言葉なんて、いくらでも吐けるのだろう。何せ彼は道化師。自分を化かして人を楽しませる生き物。
わかっている、そんなこと。嫌な可能性なら何百回と考えた。
それでも、いつも中断させられてしまう。うまく乗せられてしまう。彼の言葉に、彼の表情に。
そして自分自身、今はまだ騙されていたい。
この言葉も口付けもすべてが彼の演技の一つなのだとしても、騙されていたい。
彼の心はどうか知らないが、自分の心など、とっくに傾いているのだ。

「…今後は、冗談だからといってあのようなことはやめてください」
「そうだな。もう一度やったら今度こそ斬られそうだ」
物騒なことを言いながら、楽しそうな笑顔。
本当に大丈夫なのか。冷静さを取り戻した頭で本気で心配になった。





「…ロード」
「何?」
広場の隅で、フィリアが作ってくれた特大プリンを二人で食べながら話す。
相変わらずリオンの分は生クリームが大量に乗っていて見るからに甘そうだが、いつものことと、もう気にする様子もない。
「ジョニーには、あまり近付くな」
「どうして?いい人だよ?」
「どうしてもだ!」
「えー」
突然怒り出すリオンに首を傾げる。
リオンの方は、服の襟から見え隠れする赤い痕に目をやり、こうまで無防備なロードにリアルに頭を抱えたくなるのを押し留め、 どうしたらわかってもらえるかを必死で考えながら、甘いプリンを食べ続けた。




















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後書き

「黒髪と道化」の続きです。しかし携帯で打ったのとは大幅に変えました。
そもそも元のにはジョニウド要素なんてなかったので。
「黒髪〜」はリオ主メインでしたが、これはどっちかというとジョニウドメインな気が。
ウッドロウさんの性格がまるで違うのはいつものことですよごめんなさい。
タイトルはまあ、この4人の関係というかなんというか…思いつかなかっただけ。

では、ここまで読んでくださってありがとうございました。

07.12.25