ふと、本当にふと、唐突にそう思っただけ。
キスして
少し夜風に当たろうと部屋を出た。
それから戻って来るまで、そんなに長い時間はかからなかった筈だ。
しかし帰ってみると、同室の彼は既にその細身をベッドに横たえていた。
眠ろうと思って眠った訳ではないのか、彼の楽器兼武器であるマンドリンを抱えたままだ。
落として傷付けてはいけないと、とりあえず拾い上げて彼がいつもしているように傍にそっと立てかけた。
そしてふと、必然的に視界に入ってしまった彼を見る。
自分とは違う、金髪。白い肌。
布団から出されている、まるで女性のもののような細くしなやかな指。
目が、離せなくなった。
そういえば、こんなにまじまじと彼の顔を見たこともなかったかもしれない。
どんなに二人っきりになっても、どうにも正面から見ることが出来なくて。
さらさらの金糸。長い睫毛。端整な顔付き。
素直に綺麗だと思った。
こんなことを本人に向かって言えば、また笑ってかわされてしまうのだろうけれど。
小さな呼吸音と、うっすら開いた唇。
いつもこの唇で歌を紡ぎ、嘘くさい愛の言葉を囁き、そして自分に口付けてくる。
そこまで考えて、はっとしたように頭を振った。
みつめているうち湧き出てきた感情を、振り切るように。
違う、そんなこと思っていない。
キス、してみたくなったなんて。
明確な区切りなんてなく、いつの間にか流されてここまできたような関係で、
その殆どはジョニーに手を引かれるように進められてきた。
当然キスだって、ウッドロウの方からしたことなんて一度もなく。
だからこそ、こんな感情認められない。
まさか彼にキスしたいと思うなんて。
押さえ込むように再び頭を振っても、一度湧いた気持ちは張り付いてなかなか離れない。
ウッドロウが悩んでいる間も、ジョニーは起きる気配もなくすやすやと眠っている。
その安らかな寝顔に、悩んでいる自分が馬鹿な気がしてきて。いっそ叩き起こしてやろうかという八つ当たりな考えが過ぎった。
それから数分、指先を触れることさえ躊躇われて。
しかしおとなしく自分のベッドに潜る気にもならず、ぐるぐると思考を巡らし続けた。
嫌いな訳じゃない。嫌いなら、こんな関係いつまでも続けない。
むしろ好意を持っているからこそ悩んでいるのであって。
もしキスした時に起きてしまったらどうしよう。
いつも嫌がっているくせに自分は知らぬ間にしていたのかと、嫌われてしまったらどうしよう。
不安になって、なかなか行動に移す決心がつかない。
一瞬、ほんの一瞬だけなら。いや、でも。
どれだけ時間が経っただろう。実際はそんなに長くはなかっただろうが、ウッドロウには何時間も過ぎたように思えた。
さっきからジョニーには起きる気配がない。それが結局、ウッドロウを後押しした。
ゆっくりと顔を寄せる。
息がかかる程近くなる。視界いっぱいに、ジョニーの整った顔。
一旦躊躇い、ぎゅっと口を引き結んだ後、覚悟を決めたように残りの距離をゼロにする。
ほんの少し触れたかどうか、それだけですぐに離れた。
正に一瞬。掠めただけのキス。
それだけでも、ウッドロウの顔は褐色の肌でもそれとわかる程に赤く染まっていた。
「……………!」
がばっと立ち上がり、それでもなるべく音を立てないようにして自分のベッドに走る。
ジョニーには背を向けて、布団を頭まで被る。
心臓が早鐘を打つ。脈が速い。
彼はいつもこんな気持ちで自分に口付けていたのだろうか。
恐らく違うだろうとわかっていても、今はそんなことにまで気が回らなかった。
顔が熱い。恥ずかしい。
しかし不思議と、「やらなければよかった」とは思わなかった。
羞恥でどうしようもなかったけれど、どこか充足感を得ていたのも自覚していた。
彼も、いつもこんな気持ちを味わっているのだろうか。
ああ、彼が眠っていてくれて本当に良かった。
「ウッドロウ。朝だぜウッドロウ」
「…ん……」
声と共に緩く体を揺すられて、うっすら目を開ける。
ぼやけた視界に入ってきたのは、艶やかな金糸。
「ジョニー、さん…」
「おはようウッドロウ」
にっこりと微笑まれ、反射的に「おはようございます」と笑みを返した。
しかしその一瞬後、夜の出来事を思い出しはっと顔に朱がかかる。
俯き、目を合わせない。合わせられない。
顔を上げると、自然と口元に目がいってしまう。
「…なあウッドロウ」
「な、何でしょう」
呼びかけられ、不自然な応対。
しかしジョニーはそれには笑いを堪えつつもあえて流した。
「随分と時間がかかったな」
「………は?」
何のことか。と顔を上げる。その先には、傍目には綺麗な、しかし意地の悪い笑みを浮かべたジョニー。
ベッドに座ったままのウッドロウに目線を合わせて屈み、言葉を続ける。
「昨日の夜。俺にキスしてくれるまでの時間」
「っ………!?」
青い目が見開かれる。
何故知っているのか。
まさか。
「ま、まさか……寝たフリを……!?」
ジョニーは答える代わり、笑みを深くする。
しかしそれは言葉よりも如実に真実を語っていた。
「〜〜〜〜〜!!」
今度こそ、昨日と同じくらい、それ以上に真っ赤になる。
あれだけ、あれだけ起きていないか、嫌われやしないかと心配していたのに。
この様子では嫌われたとは思えないが、今は自身への羞恥でいっぱいだった。
「ていうか、するのかしないのかなかなかはっきりしないもんだから、いっそ起きちまおうかと何度も思ったぜ?」
「…な………」
何か反論しようとしても、ぱくぱくと無意味に口を開閉させるだけ。
そんなウッドロウの様子を、ジョニーは実に楽しげに眺める。
こんないい笑顔は見たことがないのではないかと思う程だ。
「……………!」
結局うまい言葉は見つからなくて、俯いて目を逸らしてしまった。
「まさかお前さんがあんなことしてきてくれるとは思わなかったねえ」
「……………」
「…今までもこっそりしてたりするかい?」
「そ、そんなこ…!」
顔を上げ言い切らぬうちに、ウッドロウの言葉は遮られる。
その唇を、ジョニーのそれで塞がれていた。
「っ、ん…!」
ぐっと肩を押され、ベッドに倒れ込む。枕のやわらかい感触。
もう片方の手は後頭部に添えられて固定され、逃げることが出来ない。
「、ふ……」
開いた唇の隙間から、ジョニーの舌が滑り込む。
濡れた音が鼓膜に響き、羞恥心を掻き立てる。
非難するように、彼のひらひらとした衣装の端を掴んで引っ張る。
「はっ…!」
離れて、大きく空気を吸い込む。
酸欠のせいかそれ以外か、頭がくらくらする。
額が触れ合う程に顔を寄せて、視線を絡ませて一言。
「ま、それもそれで俺は嬉しいんだがね」
楽しそうな笑顔。平気で嘘笑いが出来る人だから、信用していいものか。
もう一度今度は軽く触れるだけのキスをして、すっと離れる。
急になくなった重みに、一拍遅れて身を起こした。
既に彼は愛用の帽子を被り、ドアノブに手をかけるところで。
思い出したように振り向き、にっこりと笑顔。
「出来るなら、寝てる時だけじゃなく普段もお前さんから仕掛けてもらいたいんだがね」
「っ、ジョニーさん!」
かっと頬を染めて声を上げると、おかしそうな笑い声と「先に食堂行ってるぜ」という言葉を残して、軋んだ音を立ててドアが閉まった。
「……………」
途端にしん、と静寂が訪れる。
窓の外からは、ちらほらと暗い朝の挨拶の声。
階下の賑やかさも、微かに聞こえてくる。
「………はぁ…」
たっぷり時間をおいた後、盛大なため息。
今のこれ一つだけでどれだけの幸せが逃げていってしまっただろう。
緩慢な動きでベッドから滑り降りる。ぎしりと歪な悲鳴が上がった。
身なりを整え、ドアノブを捻る。
敷居を跨ぎドアを閉める瞬間、食堂で笑顔で迎えてくれるであろう人物を思い浮かべ、強く誓った。
もう、あんなことをするものか。
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後書き
初アップジョニウド。初書きではなく初アップ。
何故って書いていたジョニウド文がすぱーんと消えてしまって復旧不能になってしまったから…orz
ちっくしょう涙出てくる……。
ウッドロウさんは絶対自分から仕掛けたりしなさそうなのであえてこんな話。乙女過ぎるのはスルー。
しょっぱなの話から大人のキスとかさせちゃってますが!
最初にアップしようとしてたのではすごい抑えてたのに、消えた反動で暴走しました。タイトルもね。
本当はジョニーさんがウッドロウさんからしてとせがむ話だったんですが、
寝てる時にさせたかった気分だったので路線変更です。
タイトルはその名残りで。
フレンチの方がほのぼのや甘さが出せて好きなんですが。
まあでも二人はもう大人なんで別に何の問題もありませんよね。
では、ここまで読んでくださってありがとうございました。
07.6.17