地下のゲストルームに続く廊下。昼過ぎの今は殆どがクエストに出ていて、しんとしている。
人数の多いこのギルドで、唯一船全体が静かになる時間帯だ。
それでも船に残っているメンバーもいるにはいるが、普段の喧騒を思えば落ち着いたものだ。
その「船に残っているメンバー」の一人であるゼロスが廊下を歩いていると、向こうの部屋のドアが開く。
出てきたのは、最近新しくギルドに入ってきた青年。
白いローブにプラチナブロンドの髪。穏やかそうな雰囲気を纏っているが、口を開けば子供のような彼。

「ぃよーう、ヘリオル」
「あ、こんにちはー。ゼロス君、だよね?」
「あぁ」
名前を呼べば、人懐っこい笑顔を浮かべながらにこにこと近付いてくる。
ゼロスの方が一つ年上なのだが、ヘリオルはゼロスを「君」付けで呼ぶ。
他の人との会話を聞いていると、基本的に彼は年上に対しては「さん」を付けていたように思うのだが、年上に見られていないのだろうか。

「そういや、いつも一緒の兄さんはどこ行ったんだ?」
ゼロスが覚えている限りでは殆ど一緒にいた筈の兄の姿が見えず、辺りを見回す。
「兄さんはねー、リフィルさんと、クレス君と、リアラ君と一緒にクエストに行ったよ」
今日は別々の仕事だったんだ。と言って笑う。
ゼロスは、子供のようなヘリオルが兄にべったりなのだと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。
お互いに必要な時は離れる柔軟さも持っているようだ。

「…ん?お前…」
ふと目に入ったもの。ヘリオルの左腕、彼が着けているブレスレットの宝石。
「なあ、それ…その石って青くなかったか?」
ブレスレットに埋め込まれた宝石は、以前見た時は確かに青かった筈だ。
だが今目に入る色は赤。明らかに変わっている。
「ああ。これはね、色が変わるんだよ」
「…まさかそれ、アレキサンドライトか?」
「そう。兄さんの石」
そう言って目の前に石を翳し、嬉しそうに笑った。

アレキサンドライトは、当たる光の種類によってその色を変える大変珍しい石だ。
採掘量も少なく、非常に高価な宝石でもある。
傭兵で根無し草な生活をしていたヘリオルに手に入れられるレベルのものではない筈だが。
「どうしたんだよ、それ」
「えーっと、昔護衛をした金持ちの人が報酬を初めより値切ってきたから、兄さんが代わりにって原石をもらったんだ。 それを職人さんに頼んでカットしてもらったんだよ」
まるで普通のことのように「もらった」と言ってはいるが、想像するにそんな穏やかな経緯ではないだろう。
しかしあの兄ならばやりかねないと思う。子供のような外見のくせに、中身はしっかり大人の汚さを持っている。
依頼人も、ちゃんと報酬を払えばそんなことにはならなかっただろうに、強欲すぎるのも考え物だ。
これだけ大きな原石なら、きっと素直に報酬を支払った方が安かっただろう。

「俺達は血の繋がった兄弟じゃないけど、兄弟の証なんだって形にして俺にくれたんだ」
赤く輝いている兄の名の宝石を優しく指で撫で、嬉しそうに微笑む。
ヘリオルはアレキサンドライトのブレスレットを、アレクはヘリオドールのブレスレットをしているらしい。
アレクは袖の長い服を着ているため、ほとんど見えないので知らなかった。
あのアレクがこんなことをするとは意外だったが、ヘリオルの表情を見て、本当にアレクを慕っているのだと実感する。

だがそんなヘリオルの様子を見て、ゼロスの心に少し靄がかかる。
仲睦まじい兄弟愛に胸焼けしたからか、ヘリオルにとって絶対的な存在であろうアレクに嫉妬したからか。
特にヘリオルに対して何かしらの感情を持っていた訳ではないが、ここまで見せ付けられると嫉妬してみたくもなる。
「…なあヘリオル君、そのブレスレット俺様に頂戴って言ったらどうする?もっといいやつあげるから交換しない?」
「え…?駄目だよ、これはあげない。こっちのペンダントならいいけど」
そう言って少し持ち上げたのは、首から下げている青いペンダント。
四角い石の形状が同じな為セット品かと思っていたが、どうやらそうではないようだ。
色が青いまま変わっていないところを見ると、石の種類も違うらしい。
「そっちはアレキサンドライトじゃないのか」
「うん。これは安物のサファイア」
だからこっちなら欲しければあげる。と言われるが、別に宝石が欲しい訳ではない。
ヘリオルに、兄以外の人間も特別として見てもらいたいと思ったのだ。
兄以外の人間というか、自分を。
「そっちじゃなくて、こっちがいいんだけど」
「だからこれは駄目だって。これは兄さんがくれたものだから、あげられないよ」
ブレスレットに触れてきたゼロスの手を払い、さっと後ろに隠す。
その行動が何とも子供っぽいが、それがむしろヘリオルらしくすら見えた。

「…じゃあ、今度俺様がお揃いのブレスレット買ってくるから、そしたらそれ着けてくれる?」
右手はまだ空いてるだろう、と。それを聞いてぽかんとした表情になる。
今までさほど親しくしていた訳では無いのにいきなりそんなことを言われたら誰だってそうだろう。
だがすぐに笑顔で「うん、いいよ」と返す。
単に仲間の証として受け取っているのか、深く考えない性格のせいなのかは定かではないが、一応はOKを貰えた訳だ。
ならば実行に移すのみと、にっこりと笑って別れる。
どうやらこれはいい暇つぶしになりそうだ。
コンティニュー不可の一回限り。クリア後の特典はあの兄を出し抜ける優越感。

どうにかして彼の一位の座をアレクから奪ってみたい、と思った。





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後書き

え?続きませんよ?
一回限りのゼロヘリ。嫁になんかやらん。
ゼロスは、ネタは思いついたけど攻めが思いつかない時の攻め様役にと思っているので、うちの子の中で特定の嫁は作りません。
ちょっと申し訳ないが、他に適役が思い浮かばないんだ。

ヘリオルのブレスレットのネタ明かしをしたかっただけの話なので、中途半端に終わる。
きっとこの後ゼロスが買ってきたブレスレットはアレクによって粉砕されます。
しかしなんとまあ恥ずかしい中二設定。

では、ここまで読んでくださってありがとうございました。

10.5.4
10.10.5(加筆修正)