夜。月が南中にさしかかる頃。
住宅街からは離れた、人通りのない細い路地。
そこに面して立てられた、鉄造りの建物。
その中から聞こえてくるのは、楽しそうな音楽でも話し声でもなく、剣撃音と怒声と悲鳴。

「ちくしょう!なんでここ、がっ!」
言い終わる前に、腹への重い衝撃で崩れ落ちる。
すぐさま後ろを振り向きざまに、斬りかかってきた男の短めの湾曲刀を大剣で受け止め、無防備な腹部に今度は蹴りをお見舞いしてやる。
無様な声を上げながら、後ろにいた仲間もろとも壁に突っ込み気を失ったのを確認すると、緑色の左目でさっと残った人数を確認する。
突入時に見張りを2人。今のびているのが3人。
船長からの情報が正しければ、残っているのは5人の筈だ。
しかし今目視出来たのは4人。一人、足りない。
「くそ!」
そんな一声が聞こえ真後ろを振り返ると、足りなかった一人が裏口のドアを開け、今正に部屋から逃げ出そうとしているところだった。
船長から言い渡された依頼内容は「組織員全員の捕縛」だ。これでは不達成となってしまう。
残りの4人にも気を張りつつ、その一人をどうしようかと一瞬判断に悩んだ時。

「危ないぞ」

この場に似つかわしくない冷静な声が聞こえた。
「っ、ぎゃあああああああああああ!!!」
瞬間、空気を切り裂かんばかりの悲鳴。
たった今部屋を飛び出した男が地面にどうと倒れ込む。
目を見開き、訳もわからないまま突然襲ってきた激痛に悶える。
その足元を見れば、今までなかった真っ赤な水溜り。

男の足首から先が、胴体から離れ踊り狂いながら赤い海へと落ちた。

「あああああ!があぁぁぁ!!」
体を痙攣させながら逃れられない痛みに苛まれている男の隣に、すたっと一人の男が屋根から降り立った。
器用に血を避けた場所に立ち、隣で相変わらず意味を成さない悲鳴を上げ続けている男を見下ろす。
「だから危ないと言ったのに」
この言葉が男に聞こえているのか、そんなことはどうでもいい。ただ儀礼的に一言添えたまで。
あまりの出来事に呆気に取られた男達がドアの下部分を見れば、不自然にぬらりと光る一筋の線。
この深夜ではよくよく目を凝らして見なければわからないような、細い糸が張られていた。
男の血で赤く色付いた、このたった一本の細い糸が、男の足を奪ったのだ。

その糸を跨ぐように乗り越え、白い上着の男が部屋に入ってくる。カツン、とヒールの音が響き、4人ともびくりと無意識に肩が跳ねた。
ワインレッドの長髪を後ろで一つに束ね、左頬の薔薇のタトゥーが目を引く。
ローズクォーツのような色をした瞳は、この状況にありながら至極冷静で、光ひとつ入らない。
それが余計に、背筋を寒くさせた。
「ロゼ!お前何一人で休んでるんだ!正面と裏口から同時に入る予定だっただろ!?お蔭で一人で乗り込んで俺馬鹿みたいじゃないか!」
「貴方一人でも大丈夫かと思ったんだ。念の為糸を張っておいたが、まさか引っかかる奴がいるとはな」
まるでこの男がかかったのはお前のせいだとでも言わんばかりの口ぶりに、むっと口元が曲がる。
一言文句を言ってやりたかったが、それよりもまずはやらなければならないことがあった。
ロゼのお蔭で萎縮した男達に、大剣を構えながら向き直る。
「さあ、どうする?今大人しく降服してくれたら傷付けない。だがまだやるというなら、あいつと同じ目に遭うかもしれないぜ?」
「ぅっ…ぐ…、ちくしょう!誰がてめーらみたいな餓鬼どもに!」
一瞬怯んだものの、無理矢理に己を奮い立たせ短剣を構えて襲い掛かってくる。
向かう先は、紫色の髪をした、右目を眼帯で覆っている男の方。
さっきの出来事を見て、ロゼの方はまずいと感じたのだろう。
しかし眼帯の男は振り下ろされる短剣をさっと避け、逆に横っ腹に肘鉄を贈る。
その後も残った3人全員が眼帯の男の方へと襲い掛かってきたが、ことごとく返り討ちにされのびてしまった。

「…ふう、あとはこいつらを突き出すだけか」
「ご苦労」
「『ご苦労』じゃねーよ。ちゃんと指示通り動いてくれ」
眉根を寄せて詰め寄る。この男と組む時点で少し嫌な予感はしたが、的中だ。
依頼内容は、麻薬を売っている売人達の捕縛。
大した人数の組織ではない為、二人だけが手配された。
乗り込んでみれば、揃いも揃って人相の悪い奴らばかり。
麻薬なんて売りさばいている奴らだ。手加減などしなくてもいいようなものだが、一応依頼は「生きたまま」
魔物は殺しても何も言われないのに、相手が人間だというだけで非難されることにしこりを感じないではないが、今はそんな議題を持ち出す時ではない。
それにたとえ悪人であっても、人を手にかけるのはいい気はしない。
現に大剣は構えてはいたものの専ら防御にばかり使い、攻撃は拳や蹴りなどの体術だった。
だというのにこの男は、いともあっさりと大怪我を負わせてしまった。
確かに生きてはいるのだから違反ではないが、これではあの男はもう立つことは出来ないだろう。

「…お前のやり方はえげつない」
「貴方は甘いな」
この男に人間相手の討伐依頼は請け負わせないよう、船長に進言するべきだと深く思った。





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あとがき

何が書きたかったかってロゼの一連のシーン。
もっと語彙を豊かにしていかに真っ赤なシーンかを表現したかった。
ボキャブラリーが貧困な人間です。

09.6.28
10.10.5(加筆修正)