目を閉じる。

笑顔のお前がいた。










ぐったりと体を横たえ、泥のように眠る少年。
長い金髪が白いシーツに広がり、金色の海を作っている。
頭の飾りだけを外し、着替えもそこそこに眠ってしまったギグに、ふうとため息をついた。

魔物討伐の依頼を受け向かった先で、ついさっきまで戦っていた。
討伐する魔物自体はさほど強いものでなかったが、何にしろ数が多かった。
二人で相手をするにはいささか大変だと思える数を切り倒し、帰ってきた途端にこれだ。
負った傷の手当ても満足にしていないというのに。
しかし、ここまで無理をしていたとは気付かなかった。
辛くても、決して口にしようとはしない奴だから。

起こさないように、出来るだけそっと近付く。
睨みつけてくる目が閉じられると、普段よりも幾分か幼く見える。
治癒術をかけると、左肩に受けた傷がみるみる塞がっていくのが見えた。
「……………」
肩から先がない、左腕。
今でこそ本人も周りも慣れて気にしなくなったが、船に来た当初のアドリビトムメンバーの視線を思い浮かべる。
同時に見えたのは、笑顔。
今からずっとずっと昔。交わした会話が蘇る。



「不満ではないか?自分が正式なディセンダーでないことが」
突然の質問に、大地の色の瞳を一瞬きょとんと見開き、直後に緩く細められる。
「不満なんかないよ。確かにおれはディセンダーなのにロードみたいな強い力は持ってない。 でもおれにだって、ロードのサポートくらいは出来る。世界樹だってそうさせる為におれを創ったんだろ? だからおれはそれでいい。不満なんかないって」
そう言って笑った。明るく、穏やかさを含んだ笑顔。
つられて微笑む。風がさらさらと彼の金髪を揺らした。





赤い悪魔が大地をすべり、あらゆるものを飲み込んでゆく。
耳をつんざくような、悲鳴とも怒声ともつかない人々の叫び声。
争い続ける人間達の欲はとどまるところを知らず、次から次へと戦火を広げる。
そしてとうとう、世界の中心にそびえる世界樹に手を伸ばした。
「待って…!やめて下さい!」
銀髪のディセンダーの悲痛な声も、己の欲望に目を濁らせた人間達の耳には届かない。
それどころか自分たちの我利の為、世界の守り手たるディセンダーさえも排除しようと刃を向けてくる。
それを受けて二人、世界樹を守ろうと剣を抜いた。瞳が赤く、青く輝く。
世界を、人間を守る為に生み落とされた筈なのに、何故今自分は人間と戦っているのだろう。
絶望的な解答しか与えない疑問を抱きつつ、ただひたすらに、襲い掛かる人間の黒い刃を跳ね除け続けた。

「ロード!大丈夫か!?」
「うん…!クラトスは!?」
「わかんねえ!多分向こうで戦ってると思う」
たとえ人間には及びもつかない程の力を持っていようと、たった3人で世界樹を守るのは困難だった。
世界樹の力を求めて群がる無数の欲に対し、6本の腕で対抗しようというのだから。

「っ………!?」
視界の端に捉えた、狂気。
ロードの背後から振り上げられる凶器。
巨大な斧は、今正に自らの片割れを斬り裂かんとしていた。
「ロード!!!」
何も考える間などなかった。ただ、動かなければ消される。ロードは世界に必要なのだ。
頭でどうこうと思考するよりも先に、足が、腕が伸ばされていた。
剣を持っていなかった左手で、その小柄な体を突き飛ばす。
突然の衝撃にぐらりと傾き、向こうへとよろめいた体。
それにほっと安堵した、瞬間。

どん、と耳障りな音が聞こえた。

目の前で振り下ろされた巨斧。
噴き出す赤。
宙を舞ったのは、何だったか。



「っ…がぁぁあああああああ!!」
「ギグ!!?」
目の前で起きた出来事が、ロードの頭の中で渦巻いた。
ああ、優しい彼は、自分を助ける為にこんな目に遭ったというのか。
「ギグ…ギグ!」
「は…ははっ!やった!ディセンダーを一人倒した!!」
倒れ臥し、肩から流れ出す血で池を作り出しているギグに駆け寄る。
その側で、赤く染まった斧を持ち濁った目で誇らしげに笑う男。
それを一閃で切り伏せた後、再びギグを見やる。
「…ギグ?」
振り返った先には、ゆらりと立ち上がった片割れ。
黒い衣装を真っ赤に染め、足元の血溜りをばしゃりと踏みつける。
「…か、げんに…しろよ…てめぇら……」
ぞわりと、ロードの背中に冷たいものが走った。
ギグの体が何か、得体の知れない黒い靄に囲まれる。

いけない。本能的にそう思った。このままでは、呑まれる。

「ギグ…だめ!気をちゃんと持って!」
「どうしたロード!」
異様な気配に気付いたのか、向こうからクラトスが走ってくる。
遠目でもギグの異変がわかったらしく、普段冷静な瞳を見開いた。
「おれたちが…誰の為に……戦ってる、と……」
「ギグ!」
「あと一人…もう一人のディセンダーも殺せ!」
重傷のギグを見て、人間達の狙いがロードに集中する。
ギグに懸命に声をかけるが、構わず襲い掛かる人間に応戦しようと剣を構えた、その時。

「っ…お前らの為だろうがぁあああああ!!!」
体に纏わりついていた黒い靄が弾けた。
それは大きな衝撃となって、辺りを破壊してゆく。
視界に映ったのは、全てを飲み込む黒だけ。
クラトスがとっさに前に出て障壁で自分とロードを囲む。それでも押し潰されそうな気がした。



「……クラトスは、ギグを世界樹に帰してあげて…。あとは、ぼくがやっておくから…」
「…わかった」

しんと静まった場。ロードの膝の上では、片割れが蒼白な顔で気を失っている。
クラトスが治癒術をかけて傷口は塞いだものの、それ以上どうしようもなかった。
何もかも破壊され、まっさらになった大地。蟻のようにひしめいていた人間達は、今は居ない。
残っているのは、バラバラになった肉と骨の塊が散乱しているのみだ。

世界樹は守られた。ただし、守り手達が遥かに大きな傷を負って。



「……………」
再び船の上で会った時の驚きは、時間が経った今でも覚えている。
長い金髪も、大地の色の瞳も、何も変わってはいないのに、変わってしまった少年。
明るく見上げてきた目は、何もかもを拒絶するように吊り上げられていた。
よく笑う口元は、不機嫌そうに引き結ばれていた。
確かにあった筈の左腕は、再生されぬままだった。

斬られた傷口から入り込んだ、人間達の負。
怒り、悲しみ、憎悪、欲望。それらが、彼を変えてしまった。

世界樹が再びギグを生む際、治してやることは出来なかったようだ。
これ以上負を取り込むことも出来ぬ程弱った世界樹に、ギグの負を取り除く余裕などなかった。
記憶についても曖昧だったようで、初めは記憶がなかったものの、ロードとクラトスに会ったことで 自分がディセンダーであること、クラトスが介添人であることを思い出した。
しかしそれ以外のこと、特に昔の大戦のことは思い出せていない。自分の腕がない理由も。
それでも持っていた、人間達への怒り。
きっとギグは記憶を消して生まれることを望んだのだろう。
しかし負を持たず純粋なマナのみで構築されたロードと違い、世界樹の力が正常に働かなかった。
記憶の消去が上手くいかなかったが故の苦痛。
感情とディセンダーとしての本能の狭間で苦しんでいたのを知っている。

さらりと、長い髪を一房掬い上げる。指の間からはらはらと落ちてゆく。
昔のように笑いかけてくれることはきっともうない。
目を閉じて思い出す。あの時の笑顔。
後悔などしない。結果的に世界樹を守ることが出来たのだから。

それでも、もう一度あの頃のように三人で笑いあえることが出来ればと思うのは、身勝手なことだろうか。





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あとがき

ギグ過去話。最初は漫画で描きたいと思っていたけど無理そうな気がしたので文に。挿絵入りですが。
しかし表現力の問題で描きたかったものが書けてない気がしますちくしょう…。

昔マナを巡る大戦があったようなので、その時のことで書いてみました。
ギグの左腕は、ロードを庇って切り落とされたものだったと。
その時に人間の負が入り込んで、世界樹をどうにかしてしまったら人間も生きられなくなるから止めようとしたのに、 聞いてもらえなかった怒りもあってギグの中のマナが一部負化してしまったとか何とか。
負がマナに変わるなら、逆もあるんじゃないかと思ったんだ。
それで今回ギグを生む時も、限界の世界樹では負を取り除いて再びマナを与えて左腕を再生してはやれなかったとか。
ロード創るのでいっぱい力使っちゃったんじゃないかな(←
記憶も、負が混じってしまっているのでうまく力が伝わらなくて綺麗に消せなかったとか。
俺設定ご都合主義爆発でサーセン。

ちなみに、後始末やら復興手伝いやらはロード一人でやったので、伝説ではディセンダーは一人だったと伝わってるとかいう 妄想もあったり。

ここまで読んでくださってありがとうございました。

10.02.18
10.10.5(加筆修正)