6月の夜。6日から7日に日付が変わろうかという時間。
若い盛りの20歳にしては健康的な時間だが、そろそろ寝ようかと、髪留めを外し白い上着を脱ぐ。
両腕のグローブも外そうと手をかけた時、トントンと部屋のドアが鳴った。
こんな時分に来客とは、一体誰だろうかと首を傾げる。
なにせ大所帯なギルドである為、誰なのか予想しづらい。
「…はい?」
ドアを開け視界が開けると、目の前に立っていたのは、緑と紫のオッドアイの男。



反射的に閉めようとしたが、素早く足を間に挟まれ叶わなかった。
「いい加減俺を見たら閉めようとすんのやめろ」
「や…つい無意識で」
入っていいとも言っていないのにずかずかと上がりこんでくる様子に、注意しようと思ったが、いつものことだと言葉を飲み込んだ。

ベッドに投げ出されたまま片付け忘れていた上着や帯を見て、はっと自分の姿を思い出す。
黒いインナー姿。人を迎える格好ではない。
「あ…悪いな、こんな格好で…。もう寝ようとしてたから」
「んなモン気にしねえよ。それより、寝るならその前に少し付き合え」
言いながら腕を持ち上げると、酒瓶とグラスが二つずつ。
ここまで用意されていたらどうせ拒否権はないのだろうと、「はいはい」と頷きテーブルに向かう。

ターフェが自分のグラスに注いだのは、アルコール度数の高い酒。
しかし対してキリクのグラスに注がれたのは、それよりも度数が低い酒。
まだ酒に慣れておらず強くないキリクでも、これなら潰れずに楽しめそうだ。
気を遣ってくれたのだろうかと思ったが、言葉にはせず素直にグラスに口を付ける。
通り抜けるアルコールで少し喉が熱くなったが、なかなか美味いと思えた。
「…そういえば、どうしたんだよ。こんな時間に」
普段は勝手に一人で飲んでいることが多いというのに、わざわざ部屋まで来て誘ってくるのは珍しい。
「明日はお前の誕生日だろうが」
「…………あぁ」
ターフェの言葉に、緑色の左目が僅かに見開かれた。
そういえばそう。6月7日は自分の誕生日だったと。
以前会話の端で口を滑らせてしまったことがあったのを思い出した。
「忘れてたのかよ」
「だって、別に特別なことなんて何もしたことないし、後で気付いて一つ年取ったなって思うくらいで…」
家族揃っての誕生日パーティ。大きなケーキにプレゼント。
それはキリクにとっては『知識』であって『経験』ではない。
生まれてきたことを祝福される言葉ですら、貰った記憶は無いのだ。

その時、カチリと時計の針が動いた音。長針と短針が丁度重なり合った。
「…7日だな。それじゃあまあ、誕生日おめでとう。ってか?」
口元に笑みを浮かべ、グラスを前にかざしてくる。
意図に気付き、苦笑しながら自分も掲げた。
キン、とガラスのぶつかり合う澄んだ音が響く。
生まれて初めて貰った、人からの「おめでとう」の言葉。
なんとなく照れくさくて、ぐいとグラスを呷った。

その後暫く、何でもない雑談を交わしながら酒を酌み交わす。
ほんのりと酔ってきたことを自覚しだした頃、自然と口から言葉が流れ出た。
「…10歳過ぎた頃にはもう根無し草な生活してたからな…こうやって誕生日に誰かと過ごしたことなんてなかったかもしれない」
「……………」
いつもならキリクが何か言えば茶化してくるのに、今日は大人しく聞いてくれている。
誕生日ゆえのサービスだろうかと、ふっと笑みが浮かんだ。



「…ありがとな、ターフェ。嬉しいよ」
普段なら意地が勝って言えない感謝の言葉も、すっと出てきた。
酔っているから。これは酔っているからだと言い聞かせる。

生まれてからずっと、故郷の村の人間にも、実の親にですら忌み嫌われてきた。
自分はいらない子なんだ。どうして生まれてきたんだろう。生まれない方が良かったのだと、思ったこともあった。
だが今こうして、祝って酒を酌み交わしてくれる人がいる。
「おめでとう」と言ってくれる人がいる。
今までは単なる年を取る日だとだけ思っていたが、21年目にして初めて、特別な意味を持った。





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とっくに過ぎたけど、キリクの誕生日話。
ターさんが酒を片手に祝いに来てくれるというので甘えてみました。
愚痴を言ってもいいと言われましたが、本気で愚痴り出すと重くなるので抑え目に。
何となく甘い感じに書きたかった筈が挫折しました。情景描写しかないぜ。
漫画で描きたかったのですがどう考えても無理なので、あがきで挿絵っぽく絵を入れてみた。
後半、ターさんがどういう反応するのかわからなくて描写がありません。
恋愛なんてしたことのない美織には大人の男性の行動がわからない。
ちゅーとかハグとかサービスしてもらおうか散々悩んだとか言わないよ。自重した。

キリク、誕生日おめでとう。ターさん、祝って下さってありがとうございます。

09.6.11
10.10.5(加筆修正)