何時からだろう。こんな気持ち。
認めたくない。










苛々










苛々する。

どうしようもないお人好しで、いつもにこにこ笑っていて。スタンと同じような匂いを感じる。
こんな奴がこの世界を守るディセンダーだなんて、世も末だ。冗談じゃなく末なのが空恐ろしい。

苛々するんだ。どうしようもなく。

僕が何を言っても、冷たく突き放してみても、一瞬悲しそうに笑ってから、またついてくる。
怪我したって、罵られたって、口癖は「大丈夫」。

苛々するんだ。あいつを見ていると。

なのに何故あいつに勝てない。
自分の故郷の敵討ちすら、奴に頼らなければいけないなんて。

苛々する。苛々する。

嫌いだった。馴れ馴れしいあいつが。
誰にでも優しく微笑むあいつが。

苛々する。苛々する。

嫌いだった。素直になれない自分が。
あんな奴に惚れてしまった自分が。









「大丈夫…だよ。ぼくはディセンダーだから…これくらいで音を上げちゃ駄目だから」
白い腕を伝う赤。笑顔は痛みでぎこちない。
力が入らないのであろう指を無理やり動かし、取り落とした短剣を握り直す。
モルモが心配そうに近寄ろうとし、それを笑って制する。今は戦闘中。
「大丈夫?リオン。怪我してない?」
振り返り見上げてくる。
こんな時まで何を言っているんだ。怪我をしているのは自分なのに。
大丈夫だ。言おうとしたのに、言葉にならない。

魔物の咆哮が響く。地鳴りを伴い突進してくる巨体。
たった今細い肩に食い込んだその爪を再び振り上げる。
足は無傷。まだ生きている。
盗賊の持つ俊敏さで地面を蹴りその爪を避ける。
すぐ傍で空気の切れる音が鳴った。
力の入らない利き手は使い物にならないと判断したのか、素早く持ち替え、一瞬ブレーキをかけた後一足飛びで魔物へ肉薄する。
「っ、はあ!」
飛び上がり、空中で体を捻り掛け声とともに魔物の喉笛を勢い良く切り裂いた。噴き出す鮮血。
すぐさま魔物の体を踏み台にして飛びのいたロードには、何とかかからなかった。

鈍い音と土煙を立てて倒れ伏す魔物。何度か痙攣し、やがて動くことをやめた。
短剣を鞘に仕舞うと同時に、瞳孔が開き微かに狂気すら感じさせる目が治まる。
「リオン大丈夫だった!?仕事も終わったから帰ろう?」
振り返ったその表情は、単純に仲間を心配するお人好しのそれそのものだった。
服が切れ腕の青い布を染める赤に、辛そうに顔を歪める。
「ごめんね。ぼくが油断してたから…ごめんね…!」
泣きそうな顔。自分の方が大怪我をしていることなど、きっと忘れているんだろう。
苛々するんだ。そういうところが。

「何故庇った」
「え?だって…」
「あれくらい、お前が庇わなくても十分避けられた。余計なことをして余計な怪我をして、全く無駄なことをしてくれた」
「…うん、そうだね。ごめんね」
微笑む。まるで何でもない風に。
苛々するんだ。そういうところが。

思わず、その体に腕を回していた。
ぎゅっと力を込める。抵抗はない。
傷口に当たったのか、一瞬身じろいだ。
「…リオン?」
「……………」
「……………」
何も言わない。ロードも口を閉じた。

苛々する。
あんな言葉を言いたかった訳ではないのに。
すまなかったと、謝りたいのに。
大した敵ではないと油断していたのは僕。こいつは助けてくれたのに。
こんな傷付ける言葉しか吐けない自分が、苛々する。
そんなイラつきをごまかすように、回した腕の力を強める。
「…ごめんねリオン」
「…うるさい。黙ってろ」
「うん」

暫く互いに無言で抱き締めていた。
魔物の血の匂いなんて気にならなかった。
ただ鼻につくのは、未だじくじくと流れるロードの血。
服に染み込み、直接肌に血の温かみが伝わる。
その感触に、はっと意識が浮上する。
体を離し、改めて自分とロードの体をみる。
服にべったりとついたロードの血。ロードの片腕は、既に真っ赤で肌の色が見えなかった。
「は、早く帰るぞ!ルーティに治してもらえ」
「うん」
痛むだろうにそれを堪えながら、いつも通り笑う。
ちくりと、一瞬頭痛が走った。










苛々する。

「ディセンダー」という己の使命に押し潰されながら生きる姿に。
当たり前のように自分の何もかもを犠牲にする姿に。
幸せそうに屈託なく笑うその笑顔に。

苛々する。どうしようもなく。

その姿を見ながら何も出来ない自分に。
守られることしか出来ない自分に。
その笑顔に見惚れている、自分に。



認めたくないなんて、言ってられないところまできてしまった。
もういい。認めてやろう。

僕はこいつに。このお人好しのディセンダーに、どうしようもなく惚れているさ。

ああ、苛々する。




















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後書き

初アップリオ主小説。
そんなにシリアスにする予定はなかった筈なのに、何故かシリアスくさい話に。
そして何故か微妙に戦闘シーンまで。
戦闘シーンは書くまいと決めていたのに!表現力がへちょいのがばれるから!
ていうかリオン苛々する苛々する言い過ぎですね。すいません。
迷うと表現が一本化してしまいます。駄目ですね。

リオ主はリオ主というよりリオ→主ばっかです。いやリオ主に限らず。
まあロードが恋愛について無知なので仕方ないけども。

では、ここまで読んでくださってありがとうございました。

07.7.28