生きたい。

そう思うのは、いけないことですか…?









生きるということ









「…お前、まだ俺のこと殺したいって思うか…?」



突然の問いかけ。声の主は、勿論ただ一人。

振り返ると、所在無さげに俯きながら、まるで怒られるのを待っている子供のようだ。
「…は?」
一拍遅れて、間の抜けた声が出た。


「どういうことだ?」
「だって、俺の父上がお前の家族や使用人たちを…。それにもともとは、俺を殺す為にペールとウチに使用人として来たんだし…」
ぼそぼそと、言い訳をするように告げる。
伏し目がちな緑の目が、不安げに揺れている。

「だから…」
「ルーク」
その口が言葉の続きを吐き出す前に、呼びかけて止めさせる。
そこで、やっと顔を上げた。
その顔はどこか泣きそうで、やっぱり怒られる子供のようだ。

出来るだけ優しい声で、語りかけるように話す。
ここで強く言って、不安にさせてはいけない。

「だから言ったろ?もういいんだ。今更お前を殺そうなんて思ってないさ」
「でもっ…!」
「俺の言うことが信じられないかルーク?油断させて、寝首でも掻こうとしてると思ってるのか?」
つい口調が強くなってしまった。
もう少し感情を抑える術を学ばなければならない。
しかし、ここまで不安にさせて、同時に疑われていると思うと、何だか哀しくなった。

「ち、違う!ガイはそんなことしないってわかってる。カースロットを解除して、もうシンクに操られることもないのもわかってる。
でも…でも、まだ時々不安になるんだ。ガイは無理に感情押し殺して俺の側にいてくれているんじゃないかって…」
ため息が出た。随分しおらしくなったとは思ったが、それと内向的になるとは話が違う。
他人に気を遣って不快にさせないようになったことはいい。
だが、ネガティブ思考になりすぎて、何でもかんでも悪いと思い込むのは大変良くない。
それほど「あの」事件は影響が大きかったわけだが、もう少し自信を持ってもいいのに。


もう一度深くため息をついてから、さっきよりも優しくするよう余計努めて話す。
落ち着いて話さないと、自分もわからなくなりそうだ。

「お前なあ、俺がグランコクマで言ったこと忘れたのか?それとも疑ってるのか?どっちにしても俺は悲しいぞ。お前がそんな疑ってばかりの子になっちまって」
「そ、れは…。忘れた訳じゃない。はっきり覚えてる。嬉しかったよ。またガイと一緒に旅出来るんだって。
でも…今までずっと怨まれてたわけだし…」
「疑ってんじゃないか」
「いやっ、ちが…!」
わたわたと慌てる様子に、思わず吹き出す。
それを見て、顔を赤くして怒ってくる。
「笑うなよ!真面目な話してるのに!」
「悪い悪い。ごめんちゃんと聞くから」
笑いを含んだ声にまだ不満そうだったが、また真面目な、不安そうな顔つきに戻り、俯いて話し出す。

「俺、ガイには謝っても謝り足りないと思ってる。そのことでガイが俺を殺そうとしてたのも、しょうがないって思う…。だから…」
「だから?しょうがないから俺に殺されてもいいっていうのか?」
ダメだ。脅すような口調になってしまった。
見るからにルークの顔が怯えてる。
普段はルークに対してこんな口調では話さないから。
はっとして弁解しようとすると、それより早くルークが口を開く。

「…ガイが……まだ俺が憎いって、いうなら…」
その言葉が聞こえた瞬間、続きが発せられる前に、ルークの頬を殴っていた。
なるべく力を込めないでだが。
ルークの方は、殴られた頬を押さえて、呆然としたように見上げてくる。
一瞬しまったと思ったが、この際だからはっきり言っておこう、と声を張り上げる。

「馬鹿野郎!まだお前のことを殺す気なら、この旅に紛れてとっくに殺してる!すべてをカースロットのせいにだって出来た。
でもな、俺は今更そんなことはしない。今お前を殺したら、俺はファブレ公爵と一緒になる。誰かの大事なものを奪って、悲しませる。復讐なんて大義を翳したって、それは同じだ」
「………」
まだ呆然と見上げてくる。その目は、驚きと不安でいっぱいだった。

「それよりも俺は、この世界を守りたい。お前と一緒に。俺一人の復讐一つで、そのすべてをなくしたくないんだ」
今まで溜め込んでいたものが溢れ出すようだ。
これは、そう。グランコクマで皆に素性を明かした時のような感覚。

「それに、お前にそんなこと言われたら、今までお前を信じてきた俺が馬鹿みたいじゃないか。アラミス湧水道でお前をずっと待ってた俺のことも疑う気か?」
さっきよりは、落ち着いた口調で話す。それに、ルークも少し肩の力を抜いたのがわかった。

「ううん。違う…。俺ほんとに嬉しかった。ガイは俺を信じてくれたんだって。ほんとに……」
「ならそれでいいじゃないか。もう一度言うが、俺はもうお前を殺す気なんて全然ない。ペールもわかってくれた。それでいいだろ?」
「…うん」
普段の調子で笑ってやると、小さく頷く。その目はまだどこか納得していないように見えたが、それはこれから、今の言葉は本心だということを示してやればいい。


「それより」
語尾を強くしながら話すと、反射的に顔を上げてくる。
「お前、俺がまだお前を怨んでるなら、殺さてれもしょうがないって、少しでも思ったか?」
「………うん…」
たっぷり間を空けた後、小さく呟くように告げる。また俯いてしまった。
大きくため息をついた後、ルークの頭を抱えて上を向かせる。
「お前は生きたくないのか!?仇の子供だとか、レプリカだとか関係なしに、生きたいと思わないのか!!?」
それが訊きたかった。まだ怨んでいるんじゃないかと疑われるよりも、これの答えによってはそっちの方が許せない。

「………」
ルークは答えない。それは、悪い意味での肯定。
強く歯の奥を噛み締める。苛々する。

「生きたいなら生きたいって言え!今生きている者なら、誰でも思う当たり前の感情なんだ!誰もそれを抑圧することなんか出来ない。レプリカだろうがなんだろうが、生きたいだろう!どうしてはっきり口に出来ない!?」
生きていて欲しい。
昔は親の、ホドの仇の息子でも、今は大事な、弟のような存在。
生きていて欲しいからこそ、何故はっきりと口にしてくれないのかと、苛々する。

「だ…だって、俺は……」
「生きたいって言え!そう望むなら、抑える必要なんかない!!」
弱弱しく声を出そうとするルークを遮って、言葉を続ける。
いつもならよっぽどのことが無い限り抑える怒声もお構いなしだ。
もはや半分脅しに近い。

「ルーク!!」
「……きたい…」
「…?」

「生き、たいよ…俺も……。生きていたい…。まだまだ知らないことが沢山あるから…いろんなことを知りたい…。皆と旅をしていたい…。折角、俺のことちゃんと見てくれる人たちに会ったのに……」
「………」

泣きそうな顔で、搾り出すように発せられたルークの言葉に、力が抜けていくようだった。
脅して言わせた言葉でも、ルークの言った言葉として吐き出されたことに、深い安堵を覚える。

「…悪い…。つい必死になっちまった…」
なるべく穏やかに謝る。
顔から手を離して、ぽんと軽く叩くように頭を撫でてやると、やっと安心したように笑顔を見せてくれた。
その顔に、ほっとする。



「ちょっと、水でも貰ってくるな」
「うん」

部屋を出るとちょうどそこには、ブロンドで背の高い、不気味な紅い目をした軍人が立っていた。
「おやガイ。ちょうど良かった。今呼ぼうと思っていたところなんですよ」
「そうかい」
白々しい、とでも言うかのような視線を投げつけてやっても、何事もないかのように受け流される。



「…必死なのはわかりますがね、先程のあれでは脅しですよ」
並んで歩いていると、静かに、しかし僅かに非難を含んだ声が降ってきた。
「盗み聞きとは悪い趣味をお持ちだね旦那」
「いえいえとんでもない。偶然ですよ偶然」
「よく言うよ…」
どこから聞いていたのかはわからないが、ルークに生きたいと言わせようとしていた所からは、確実に聞かれている。


「…大切ですか?ルークが」
「ああ…」
「ホドの仇の息子でも?」
「あんたもそれを言うのか。それはもういいんだ」
「そうですか」
中指で眼鏡を押し上げながら、静かに答える。
きっと何か思案しているのだろうが、そこまで人の思考を読むのは得意じゃない。

「あいつには、生きていて欲しいんだ。生きて、もっと世界の色々なことを知って欲しい」
「…そうですね。彼は外の世界に出て、あまりにも突然に大きなものにぶつかりすぎた。もうそろそろ、明るい部分を見てもいいでしょう」
「あんたがそんな優しげなことを言うとはな」
「失礼ですね。私はいつも優しいじゃないですか」
「はいはい」

本当に、ジェイドの言う通りだと思う。
ルークには、外の世界のもっと楽しいことを沢山知って欲しい。
こんなところで、重圧に負けさせてはいけない。



「俺たちが、ちゃんと支えてやらないとな」
「使命感に燃えてますね」
「親心ってやつかな?」
自然と笑みがこぼれた。
隣の死霊使いの笑顔も、普段と違ってどこか優しげに見える。
ただの気のせいだろうが、それでも今は気分が良かった。

早く部屋に戻って、剣術の稽古でもしようか。
今はそんなことくらいでしか彼を楽しませてやれないけれど、いつか時がきたら、皆でどこかに遊びにでも行けたらいい。
その時の彼の笑顔が、目に浮かぶようで微笑ましい。








レプリカだろうがなんだろうが、生きたいと思う気持ちは同じ。
生きたいのなら、生かしてやりたい。
一人で抱えきれないような重圧にぶつかった時には、支えてやりたい。

それくらいしか、出来ないから。






「さて、俺はそろそろ部屋に戻るよ」
「ルークが待ってますからね」
「あんたが言うと嫌味に聞こえてならないね」
毒づいてみても、今は毒気が感じられない。
くやしいが、この男の言葉に少しだけ喜んでいる自分がいた。




















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後書き

TOA初小説です。これもシンフォニアと同じく突発的に書いたもの。
その割にだらだら長くなってしまって、うまく纏められない自分の文才の無さに苛々します。
アビスではガイが最愛なのでガイ視点っぽく書いてみましたが、何か口調とかが似非ですね…。
でも、同じくらい好きなルークとジェイドも出演させられてそこは良かったです。
ジェイドが出てくる必要性は殆ど無いのですがね…。

では、ここまで読んでくださってありがとうございました。

06.12.9