「キリク!Trick or Treat!」
ドアを開けて聞こえたのは、今日で何度聞いたかわからない定型文。

ハロウィンは、子供の多いギルドであるアドリビトムにも例外なく訪れていた。
子供に混じってはしゃぐ大人達も入り、今日一日ハロウィンを満喫している。
大人組のキリクは、仮装をさせられ部屋で子供達が来るのを待っている係だった。

現れたのは、ツギハギのメイクをした深緑の髪の少年と、黒い三角帽の銀髪の少年。そして。
「…似合うな、カイウス…」
「皆、オレはこれしかないだろうって…」
「いいじゃないか、下手な仮装させられるより似合ってて」
狼男なのだろう、ぴんと立った獣の耳をつけたカイウス。
元が獣人族である彼に狼男とは、違和感が無さすぎて逆に笑えてくる。
「アイビーはフランケン…ていうんだっけか、それ。ロードは…」
「魔女だそうです」
上着にショートパンツ、二の腕までのロンググローブ、短めのマントに大きな三角帽。プラス箒。
すべてを黒で統一された姿に、普段の赤いイメージと異なり新鮮に見える。
「ほらほらキリク!トリックオアトリート!早くしないといたずらしちゃうよ」
「はいはい」
アイビーに急かされ、あらかじめ用意しておいた大きな籠の中から3人にそれぞれお菓子を配る。
キャンディにチョコレート、キャラメル、マシュマロ。
昨日のうちにこれだけの量を用意したのだから、まったく頭が下がる。
「ほら、これをやるから悪戯は勘弁な?」
「仕方ないなー。ロード、カイウス、行こう」
「ありがとうございますキリクさん。それじゃあ」
パタパタと次の部屋に向かい駆けて行く姿を見送り、ふっと笑みが零れた。



「いやーまったく、あんな台詞言うだけで食べ物がもらえるなんて、世の中には贅沢なお祭りがあるんだなぁー」
次の目的地へ向かう間、袋に入れた戦利品を見ながらアイビーが呟く。
物心付いた頃から極貧の生活を送っていたアイビーにとっては、人に食べ物をあげるのも、人から食べ物をもらうのも有り得ないことだった。
何の見返りもなくお菓子をくれるお祭りなんて、最初聞いた時はとても信じられなかった。
「別にただお菓子をもらえるお祭りって訳じゃないんだぞ?」
「わかってるけど、でもホントに夢みたいだ。今までロゼはこんなの教えてくれなかったし」
「ぼくも、こんなお祭りに参加するの今日が初めてです」
「そりゃ、お前は生まれたばかりのディセンダーだし…」
当たり前だろ、と呆れ気味に呟くカイウスに、そうでした。と笑顔で返す。

今日一日くらいは、戦いを忘れよう。
これを企画してくれたのが、単に子供達の為だけではないことを、ロードもアイビーもわかっていた。
だからこそ、折角の好意だ。精一杯楽しもうじゃないか。



子供は好きだ。ロード達が消えた曲がり角の辺りを見つめ思う。
自分がお世辞にも恵まれた環境で育ったとはいえない為、余計そう思うのかもしれない。
無理矢理仮装の衣装を渡された時は断りたくなったが、子供達の為と言われれば無碍には出来ない。
しかし、お菓子を渡す度嬉しそうに笑ってくれるのを見ると、満更でもないなと思えた。

「Trick or Treat」
「はいはい今……なんだよ」
後ろから聞こえた声に、反射的に返事をしそうになる。
しかしそこに見えたのは、どう考えても子供とは言えない男で。
左頬に薔薇のタトゥーを入れた吸血鬼が立っていた。
「ずいぶんとデカイ子供だな」
「俺はまだ19だ。未成年なんだから権利はある筈だろう」
たとえそうだとしても、こいつを子供とは分類したくない。
そもそも、ロゼだってお菓子を配る係だった筈だ。
「持ち場離れるなよ」
「どうせもう殆どの奴が貰って行ったさ。それに、残りの菓子が少なくなってきたから、 貴方に少し分けてもらおうと思ったんだ」
左手に持っている籠を見ると、なるほどキリクの籠よりも大分少ない。
見かけによらず几帳面なロゼが、人数も考えずに適当に配るとは思えない。
恐らく、適当だったのは最初に籠にお菓子を詰めた奴らだろう。
はしゃいで詰めていたスタンやファラの姿が目に浮かんだ。

自分の籠からロゼの籠へお菓子をいくつか移してやる。
その様子を見ていたロゼが口を開いた。
「貴方も吸血鬼か」
「らしいな。…そもそも、お菓子を渡す方の俺達が仮装する必要はあるのか?」
「ハロルド達の趣味だろう」
「…だろうな」
嬉々として衣装を用意していたハロルド始め遊び心満載な大人達。
よくわからない衣装まであったところを見ると、自分達はかなりマシな方だ。
ちらりと見れば、留め具の紐やリボンが青で統一されているキリクの衣装に対し、ロゼのは赤い。
誰に渡すかによって、それなりに配慮がなされているようだ。

「ほら、これくらいでいいか?」
2つの籠の中身が同じくらいになったところで、ロゼに一つを渡してやる。
「すまない」
「いいって。無くなったら悪戯されちまうからな」
子供とはいえアドリビトムのメンバーだ。悪戯されてただで済むとは思えない。
「…悪戯、か…。Trick or Treat」
「取ってつけたように言ってくれたな」
ずいと出された手を軽くはたく。渡したところでこの鉄壁の無表情が崩れることはないのだろう。
そんなつまらない奴に渡すなんて、渡されるお菓子だって可哀想だ。

「…交渉決裂だな」
言うが早いか、ぐらりと視界が回った。直後、背中にやわらかい感触。
ソファに倒れこんだのだとわかった。肘掛に手をぶつけてしまい痛い。
「な、なんだよ!」
「菓子をくれないようだから、悪戯をするまでだ」
「ちょっ…!」
普段インナーで隠れている首筋に顔を埋める。
ふわりと香水の香りが鼻腔をくすぐる。いつもと同じ、落ち着いたミドルノート。嫌いじゃない。
舌で舐められると、ぎくりと体が揺れた。冷や汗が額に浮かぶ。
「待て!誰か来たら…!」
「すぐに終わる」
「何、イッ…だ!」
言い切る前に、がり、という嫌な音。同時に、突き刺すような痛みが全身に走る。
ずきずきと波のように広がる痛み。血の匂いが漂う。
ロゼの犬歯が、首筋の皮膚を食い破っていた。
「いっ…う…!」
口を離すと溢れてくる、赤い液体。
舌先で舐め取ると、肩を掴んでいた手にぎゅっと力が入った。

「はっ…お前…!」
体が離れると同時に、怒りに任せて怒鳴る。
もしかしたらドアの向こうに誰か来たかもしれないなどと、考えている余裕はなかった。
「俺は今吸血鬼だからな。吸血鬼は血を吸うものだろう」
「は…?」
だからといって、こんなこと。悪戯では済まない。
体の上からどいたロゼを、思い切り睨みつけてやる。まだ傷が痛む。
「襟を直して、マントはしっかり着けておけ。見られると厄介だろうからな」
「だ、だったら治してけ!」
「馬鹿だな貴方は。すぐに治したらつまらないだろう」
明日になったら治してやる。そう言い籠を持って部屋を出ていく。

「……くそ!」
あいつが子供だなんて、絶対に認めてなるものか。



「ギグ」
地価倉庫で暇を潰していると、低い聞きなれた声。
睨みつけるように、実際睨みつけながら振り返れば、予想に違わぬ鳶色の髪。
部屋にいたらひっきりなしに子供が来るものだから折角逃げてきたというのに、よりによってこいつに見つかるとは。
「何だよ。話しかけんな」
「そう言うな。折角探し回ったのだから」
いくら睨んでやっても効果は無く、すぐ側に歩み寄る。
格好が普段通りなところを見ると、仮装だけ断ったのか、自分も逃げてきたくちなのか。

「手を出せ」
「あん?」
掌の上を見れば、チョコレートらしき銀色の包みが一粒。
「ハロウィンだからな」
「いらねーよそんなもん。参加してすらいねえんだぞ、おれ」
「パーティに参加するかしないかは関係なく、ハロウィンは誰にでも訪れるものだ」
いらなければ好きに処分するがいい。と言い残し、床に置いて去ってゆく。
「……ちっ」
これでもディセンダーの身。腐ってもいない食べ物を捨て置くなど出来ない。
そう、勿体無いからだ。
自分に言い聞かせながら、片手で器用に包みを解き、現れた黒い塊を口に放り込む。
苦い味が口内に広がる。舌の温度で溶けるビター。
あと何時間経ったら部屋に戻ろうか。考えながらチョコレートを噛み砕いた。



「兄さーん、トリックオアトリート」
ぼんやりと間延びした声がかけられる。もはや何年と繰り返してきたやり取り。
自分がこの台詞を言えば、優しい兄はお菓子をくれる。
ハロウィンが実際はどんなお祭りかなど、詳しいことは知らない。
ただ自分にとってハロウィンとは、傭兵時代の娯楽がない毎日の中で、数少ない楽しみであった。

「お前も大人組だろ。いい機会だし、いい加減オレから菓子ねだるのは卒業だ」
しかし、今年の兄は違った。
今までは仕方ないな、と言いつつもしっかり用意してくれていたのに。
「…俺の方が兄さんより年下だから、ねだったっていいじゃない」
「子供の範囲広いなお前」
むう、と眉根を寄せる弟に、やれやれとため息をつく。
ヘリオルは、別にお菓子が欲しい訳ではない。
ただ、唯一の家族であるアレクに甘えたいのだろう。
いつまで経っても子供のまま成長しない弟。ヘリオル自身に非があるのではないとわかってはいるのだが。
「…たく…。ほら」
「…兄さん!」
こうして甘やかしてしまう自分にこそ非があるのだろうなと、嬉しそうなヘリオルを見ながら思った。



「げほっけほ…!」
「シリル様、お加減は?」
「最高だよ」
ぜえぜえと肩で息をしながら答える。それに眉間に皺を寄せた。
今さっき薬は飲んだ。あとは効くのを待つしかないのだが、その間苦しそうにするのを見ているのが辛い。
「…惜しいな。今日はハロウィンだっていうのに」
「仕方がありません」
少し収まってきたようで、さっきよりは落ち着いた声が聞こえた。

今日は朝から調子が悪く、いつもより発作が多い。
大事を取って、パーティには参加しなかった。
折角だから参加したかったのに、と一人ごちたシリルを宥めるように、少量のお菓子を乗せたボウルを側に置いていた。
少しだけでも気分を味わえるように。
ふと見ると、いつの間にかそのお菓子は初めの半分程になっていた。
今も、目の前でチョコレートを口に入れている。
「シリル様、あまり甘いものを食べ過ぎないで下さい。お食事もまともに摂っていないのに」
「シュヴァルツ、紅茶。ストレートね」
「…はい」
一礼し、部屋を出る。個々の部屋に火がないのは不便なものだと思った。

「…シリル様…」
紅茶を淹れて食堂から戻ると、ボウルの上のお菓子は残り1個になっていた。
「甘いものを食べ過ぎないで下さいと、先程申し上げたばかりで…」
「だってお前が持って来たんじゃないか」
「それは、せめて雰囲気を出そうと。まさか全て食べようとするなど…」
シュヴァルツの話を聞いているのかいないのか、黙ってベッドから上体を起こし紅茶を呷る。
丁度良い甘さと温度。まあ、長年自分に仕えているのだからこれくらい出来て当然だけれど。

「チョコレートとキャンディも少し飽きたなあ」
「では、明日からは少しお控え下さい」
「さっぱりしたフルーツケーキが食べたいな」
「ですからシリル様…」
「あと、林檎の紅茶煮とサヴァラン」
「………」
「シュヴァルツ」
「いけません。お体に障ります」
たまに、発作の後こうして我侭を言うことがある。
苦しさゆえに苛々してのことなのだろうが。
そんな我侭でも大抵のことは叶えたいと思っているし、シリルだって普段はさほど無理なことなど言わない。
だが今日は、ギルドで迎える初めてのハロウィンに参加出来なかったことで、いつもより不機嫌なようだ。
「Trick or Treat」
「十分お菓子をお食べになったでしょう」
「ケチ」
「ケチで結構。シリル様の健康管理も私の仕事です」
「…もういい。寝る」
「お休みなさいませシリル様。また明日」
サイドランプを消し、毛布を肩までかけてやる。
いつもより早い就寝。食堂ではまだ賑やかに騒いでいた。
本当ならシリルも参加させてやりたかった。
子供らしい遊びも出来ずに、18年生きてきたのだから。

「…シュヴァルツ」
「来年はクッキーを焼きましょうか」
「…うん。来年、ね」
来年は、きっと元気に。



トントン、とドアがノックされる音。
それにびくりと肩を震わせ、音源の方向を見る。
このギルドに来て大分マシにはなったが、まだ人と対することへの恐怖心は消えない。
そんなテオドールにとって、子供がひっきりなしにドアの前を走ってゆく今日という日は怖くて仕方が無い。
参加したくない旨を伝えた為自分の部屋に誰かが訪れることはなかったが、バタバタと足音が聞こえる度肩を竦めた。
早く終わってくれと願いながら、軍での書類にペンを走らせ続けていた。

時刻は日付が変わる15分前。いくらなんでもこんな時間に子供達が来るとは思えない。
「ど…どなた、でしょう…」
「私ですよ。ジェイドです」
「た、大佐!?」
急いで身なりを整えドアを開ける。
今日は一日部屋から出ないつもりでいた為、ケープは羽織っていなかった。
「こんばんは博士。お時間宜しいですか?」
「は、はい…。どうぞ…」
部屋へと招き入れ、ドアを閉める。直後。
「Trick or Treat」
聞き慣れた声で紡がれた言葉に、耳を疑った。

「は……?」
「ですから、Trick or Treat.今日はハロウィンですよ博士」
「そ、それはわかっていますが…でも…」
「確かに今日は子供が大人からお菓子をもらって回る日ですが、 だからといって大人がもらってはいけないというルールは無かったと思いますよ?」
「う……」
屁理屈だが、それを言い負かす弁をテオドールは持っていない。
どっちにしろジェイドに口で勝負するなど、無謀でしかない。長い付き合いでよくわかっている。
「…お菓子は…持ち合わせていません…」
「おや、それは残念」
全く残念そうには聞こえない声音。どうせ最初から期待してなどいないだろう。
ジェイドの目的はお菓子ではなく、テオドールをからかうことなのだから。

俯くテオドールの顎に手をかけ、上向かせる。
20cmも身長差がある為、目線を合わせようとなるとどうしても上を向かざるを得なくなる。
「た、大佐…」
「では、悪戯といきましょうか」
「っ………!」
かっと頬が染まる。見開いたオレンジ色の瞳に自分が映った。
ここまでくれば、鈍いテオドールにもわかる。慌てたように何事か呟き逃げようとするが、一言名前を呼ぶと大人しくなった。

「…来年は、お菓子を用意しておきます…」
「楽しみにしてます」
がちゃりと、部屋の鍵が閉められた。





-------------------------

間に合いませんでしたがハロウィン話。
本当は11月3日くらいまでらしいからセーフだよセーフ。去年も同じこと言ったよ確か。
絵がない分全員分書こうと思ったらえらい長くなりました。
しかし分量の違いがひどいw

ロゼキリがスプラッタですいません。ジェイテオが大人向け一歩手前ですいません。
まともにハロウィン楽しんでるのロードとアイビーしかいねえ/(^q^)\

こんなんでしたが、最後までお読み下さった勇者さん、ありがとうございます。
ハッピーハロウィーン。

09.11.1
10.10.5(加筆修正)