TVも消えた静かなリビングに、ぺたぺたと裸足の足音が向かってくる。
やがてドアから、長い金髪を濡らしたギグが入ってきた。
普段殆ど肌を晒さないというのに、夏の風呂上りとあっては、流石に黒いTシャツとラフな格好だ。
空調の利いた涼しい部屋に入り、仏頂面が少し緩む。
「ギグ、きちんと髪を拭け。夏とはいえ風邪を引く」
伸ばし放題の髪の先からぽたぽたと滴り落ちる滴を見て、ふうとため息をつきながら本を閉じ、 キッチンへと向かいかけるギグを捉える。
肩にかかったタオルをとって髪を拭いてやれば、心底嫌そうな顔をして暴言を吐かれたが、 体を使っての抵抗はしてこない。
一緒に暮らし始めた当初なら、こんなことをしようものなら容赦なく足が飛んできただろうに。
汗とストレスと、時に流血を伴う奮闘を一年以上続けた結果、ようやくここまで大人しくなってくれた。
引き取った頃のギグといえば、まさに凶暴な野良猫といった感じで、近づくだけで睨み付けながら 警戒を顕わにして、事あるごとに蹴りが入っていた。
一体何があってここまで他人に敵愾心が強くなってしまったのかはわからないが、昔小さい頃に会った 時も、そういえば自分は好かれていなかったような気がする。
言葉も表情も少ない自分が幼子に好かれるとは思ってはいないが。

絡まないように拭いてやりながら、ふと思い出す。
「そういえば、そろそろ体育大会の選手を決める頃だろう。お前は何に出るのだ?」
来月の頭に控えた体育大会。中高一貫でやってしまう為結構な大イベントになる。
しかし質問を口にした途端、眉間の皺が深くなり茶色い瞳が睨み付けてきた。
「はあ?出るかよあんなもん。去年だってずっとベンチだったんだぞ」
「去年出なかったからこそ、今年は一種目くらいは出たらどうだ」
「うるせえな。出ねえっつってんだろ。そもそも出れても徒競走くらいだろうが」
ちらりと自分の左側を見る。Tシャツの袖の先は、無い。

生まれつき左腕がないギグだが、運動神経自体は無駄にいい。
徒競走ならば一位だって狙えるとクラトスは思っているのだが、本人にその気がない。
しかし折角の高校生活だ。勉強以外にも何か、今しか出来ないようなことをしてほしい。
「出れて徒競走くらいということは、徒競走ならば出れるということだな」
「……………」
「楽しみにしている」
ふっと笑い、タオルを渡す。髪も丁度良い程度に水分が抜け、しっとりと下がっている。
それを受け取ると、ふんと不機嫌そうに鼻を鳴らして冷蔵庫のあるキッチンへ向かって行った。

***

時刻は午後10時10分。キリクが今日の仕事を終えてロッカールームに入ると、既に先客。
ワインレッドの長髪を一つにくくった美青年。
しかし正直なところ、顔がいいのは認めるがその性格には苦言を呈したい。
「…ロゼ、お前相変わらず今日も一ミリも表情が変わらなかったな…」
「何を言う。貴方が見逃していただけだろう。三ミリくらいは変わっている」
「三ミリでも少ないっての。接客業なめんな」
個人経営のレストランでホールや皿洗いのアルバイトをしている二人だが、 キリクはロゼが笑って接客しているところを見たことがない。
それでも注意しないあたりオーナーはいい人だ。
ロゼの外見で女性客を引き込もうとしているのは見え見えだが。
「常に顔を半分隠してる人に言われたくないな。接客業なめるな」
抑揚なく言われた台詞に、ぐっと言葉に詰まる。
常に顔の右半分を包帯で覆っているキリクも、接客業に向いていないと言われればそうだ。
そんなことは自覚しているのだから、突っ込まれると反論出来ない。

腰に巻いていた黒いエプロンを外し、ワイシャツを着替える。
8月も終わりだが、まだ残暑も厳しくじっとりと汗がにじむ。
「いい加減涼しくなってくれてもいいよな…うちエアコンないから熱帯夜は寝苦しくて」
「ああ、あの贋作の骨董みたいなアパートか」
「骨董って言うな。ちょっと古いだけだ。ていうか贋作ってそれもう古いだけで何の価値もない じゃないか」
元々着てきていたシャツに着替え、一つ一つボタンを留めていく。
ロゼの方は髪を一旦解いて結い直している。
絵に描いたような貧乏学生を実行しているキリクの住まいは、築何年経つのかわからないような 古いアパート。
当然エアコンなんて便利なものは備え付けられていない。
「それにいざ住んでみればさほど酷い訳でもないぞ。他に誰も住んでないから気を遣わなくていいし」
「誰も住まないような酷いアパートということじゃないのか」
「失礼なこと言うな。最低限の生活出来ればいいんだよ。アイスノンがあれば生きていける」
そのたくましさには感心するが、いつか倒れやしないかとも考えてしまう。
とりあえず「熱中症には気をつけるんだな」と一言だけつけてやる。

身支度を済ませ店の外に出ると、温い風が吹き抜けた。
「…あっつい」
「夏だからな」





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突発的学パロ短文。
やまなしおちなしいみなしとはこのことか。
もはや設定をちょっと小話的に書いただけのものですね。
・ギグはクラトスんちに居候。
・キリクは貧乏学生。
・レストランでギャルソンの格好して頑張ってる。
・ロゼは一つ後輩の筈なのに偉そう。あ、これ元からか。

では、ここまで読んでくださってありがとうございました。

10.8.27
10.10.5(加筆修正)